優しくなる勇気
2010-04-07 by yuri最近気がついたこと。
あたしは全然優しくなんて、ない。
いつも好きなようにやってるだけ。
でも、少し前までは
「優しくなりたい。」と思ってた。
でも、それってきっと
ただ、好きなように振舞ってただけだったって気がついた。
そう思ったら、
情けなくて歯がゆくて、なんて自分勝手だったんだろう、って思った。
理不尽に傷つけられたことが、ある。
焦がれるような思いや
裂かれるような痛みや
永遠かと思うような苦しみや
そういったものを感じたことが、ある。
理解されない焦燥感や絶望感や
うまく消化できない気持ちや感情や
自分という存在そのものを否定されたことや
そういったものが、いまだに根強く心を縛る。
だから、私は
そういうことをしない、与えない人間になりたかった。
枠や環境や他人に流されず
せめて、手の届く範囲にいる大事な人は
大事にできるような人間になりたかった。
だけど、
受け入れられないものは、どうしたって受け入れられない
理解できないものは、どうしても理解できない
努力しても、何度も何度も考えても思っても
無理なことは、ある。
それを、受け入れれば自分が崩壊する
それを、拒否すれば傷つく人間がいる
このときに
受け入れるか、拒否するか、考えれば考えるほど
どんどんそんなことはどうでもよくなってきて、
その選択を迫られること自体に苦しみや悲しみや憤りを感じる自分がいる。
なんで、そう思うか。
自分だったら、きっとこういう風にするのに
なんで、こんなことされるんだろう
そう思うからだよね。
あたしは、自分がされたいようにしか優しくできない
相手が望むように与えられないのは
本当に優しさなのかな?
最低。
私は、優しいんじゃない
臆病なだけだ。
奪われるのでなく、与えたら減るんじゃなく、
溢れて分け与えられたいいい。
与えた結果を欲しがるんじゃなく、与えることに価値が見出したい。
偽善とか自分のためじゃなくて
弱さとか臆病なんじゃなくて
神様
私は、私がここにいる理由が欲しいのです。







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